「夢やったんよー。自分のできる範囲で回せる農園を作るっていうのが」
軽トラを運転しながら、原和男さん(76)はそう話した。田辺の柑橘農家、紀州原農園の6代目だ。
「季節になったらあっちゃこっちゃからお客さんが手紙とかFAXとかメールしてきてくれてよ。毎年直接来てくれる人もおるし。それででんぶ*行くとこに行ってよ」
– お客さんももう、いつ何が穫れるとか、ようわかってるんですね。
「そうやでよー。ありがたいことやよ」
「僕は若い時から宮沢賢治が好きでよ、イーハトーブとか憧れてよう。理想郷の像というかな、そういうのがなかったら、みかん続けてこれんかったかもしれん」
「僕はどうしても宮沢賢治の故郷に行ってみたくて」
– 賢治の故郷、岩手ですよね。
「そう、花巻な。あれは結婚する前の年やったけど、稲刈りの終わったその日の夜に汽車に飛び乗ってよ、花巻まで行ったんよ。一晩かかって着いて、まずそのまま賢治の生家に行ったんや」
「そしたら人がえっらいたくさんおって。なんと賢治の31回忌だったんや。忘れもせん9月21日やでよ」
– え、偶然てことですよね?
「そうやでよー。すごい巡り合わせでよ」
「そこに賢治の弟さんの清六さんがおって、わざわざ和歌山から来てくれたなんてってえらい喜んでくれてよ。そのあとずっと文通しとったんや」
– すごい!じゃあ何十通もお手紙交わされたのでは。今でも保管されてるんですか?
「昔のことやから、ほとんど捨ててしもたんやけどなあ、2通だけ残してんねん」
「ほいで、3年ぐらい前に、田辺の図書館で賢治についての講演会があってよ。清六さんのお孫さんが田辺に来るっていうんや。僕がいつも賢治賢治言うてるの、図書館の人達知っとるからよ、こんなんあるでって連絡してくれたんや」
– えぇ!それまたすごい巡り合わせ!
「そうやでよー。それで僕、清六さんにもらった手紙持ってって、お孫さんに見せてあげてん。そしたら、『うわあ、おじいの字や』って、やにこう*喜んでくれたよ」
「そしたらよ、秋津野ガルテン* で和歌山大学がサテライト授業やってるんやけど、そこでイーハトーブの座談会せんかって話がまたそのあと来て」
– へぇー!つながってきますねー!
「そうやでよー。」
「50年も経ってよ、こないにつながってくるなんて思いもせんかったけどよー。嬉しかったよ。ほんまにありがたいことやでよ。それで2年前やけど、岩手大学の前の学長と、和歌山大学の学長と、僕で話ししたんよ」
– それもまた面白いメンバー(笑)和男さんはどんなこと話されたんですか?
「楽しかったよー。昔からの憧れのこととかから、いろいろなあ、言いたいことはあったからよ。好きなこと言うたってん(笑)」
– 聞きたかったです(笑)
* 田辺弁では、「ざじずぜぞ」が「だぢづでど」で発音されることが特に年配者に多い。「でんぶ」は「ぜんぶ」。
* やにこう:田辺弁で「とても」という意味。
* 秋津野ガルテン:田辺市上秋津地区の体験型グリーンツーリズム施設。地元の農家さん達が市から木造の旧小学校校舎を譲り受けて改装し、共同で株式会社を設立して運営。
岡本
和歌山日記:冬至の日とオーストラリアの女子高生2017/12/26みかん収穫の手伝いに行っている田辺の原農園さんに、オーストラリアからの修学旅行生が2人来た。農家にホームステイし、農業体験をする予定とのこと。
中高一貫の彼らの学校では、中1の時点で外国語をひとつ選択して中高を通じて学ぶらしい。選択肢はドイツ語、イタリア語、そして日本語。なんだか面白い組み合わせ。今回来日していた2人はもちろん日本語学習組である。日本語は楽しいそうだ。
“I like the Japanese characters Hiragana. They are beautiful.”
修学旅行は2週間で、東京〜長野〜京都と来て田辺での農家民泊でフィニッシュ。そこからさらに1ヶ月残り、東京の渋谷周辺でホームステイする生徒も何人かいるらしい。なかなかな内容だ。
原農園では約40種類の柑橘を育てている。前の晩、原さんは10種類以上の柑橘を食べさせると彼女達に約束したらしいが、さてさて。
当日は大寒波で初雪。温州みかん収穫の時期だったが、みかんの上にまだ雪が残っており、ベテランのおばちゃん達も作業を断念するほどの冷たさだった。
そんな日に居合わせた、オーストラリアの高校生女子2人。農作業も難しく、まずは原さんの畑をぐるっと見学ということになった。通訳を頼まれた私も同行する。彼女達のカメラはiPhoneとGo Pro。時代を感じさせる。
原さんが八朔や文旦など、在来種やアジア由来の品種の説明をしていく。旬のものはそのまま木から取って試食させてくれる。
安藤柑、紀州みかんなどと来て、柚。木がとげだらけで収穫が大変なことや、冬至がもうすぐで、その日は実をお風呂に入れる話などをする。
私も逐語訳をしていく。英語で冬至は”winter solatice”。しかし彼女達、どうもしっくりきていない。「一年で一番陽が短い日」などと言い換えて再度説明しても、腑に落ちていない様子だ。
ここでようやく思い当たった。
そうだ。
オーストラリアは南半球。
日本は北半球。
当然、夏至と冬至も逆である。
日本での冬至の日は、オーストラリアでは夏至の日なのだ。そう言うと、ようやく彼女達もわかった顔をした。そして、その日だけの習慣があることを面白がった。
ああ、やはり世界は広い。
文化も認識もすべては風土に根ざしている。
どれだけ世界が均質になってきていると言ったところで、違うものは違うのだ。どれだけ言葉が通じようとも。それをお互い承知した時、初めて成り立つものがある。
大切なことを思い出させてくれた日であった。
岡本
和歌山日記:RPG的栗拾い2017/12/22
栗拾いに誘ってもらった。
よく行く田辺の喫茶店「喫茶順」の奥さん・さつきさんの実家で採るという。栗林があるそうだ。
実家は田辺市の山側、龍神。弘法大師が開いたとされる「龍神温泉」を擁する山深い地域だ。
午後イチに順に集合する。さつきさんの娘さんのまなみちゃん、紀伊田辺駅前で営業するBar Octのマスターも一緒だ。この人はバーテンダーとしての腕は確かだが、とにかくよくしゃべる。車中でもトークショーで、要約すると、拾った栗はマロングラッセにするらしい。私は何を作ろうか。
車は龍神の山中をいく。細かなヘアピンカーブが続き、あまり車に強くない私は思わず目をつむる。マスターは話し続ける。
そうこうしていると栗林。崖にあり、下には川が流れている。
「今年は少ないてよー」
さつきさんが言う。
「ほんまや、全然ないなあ。まだ青いの多いしな」
とまなみちゃんが返す。私の眼には実りまくっているように見えるのだが、基準が違う。
地面に落ちている実を拾ったあとは、木を叩いて落とすという流れである。まなみちゃんとマスターが、適当な枝を探しに行く。頼もしい。
そこからはチームプレーだ。一人が枝を引っ張って叩きやすくし、一人が叩き、もう一人が落ちた栗を追いかける。息が合わないと栗は採れない。
この状態は何かに似ている。RPGだ。これはただの栗拾いではなく、仲間との栗クエストなのだ。
そうこうしていると、叩く用の枝が折れてしまった。ありゃーと言っていると、同じ龍神在住の母親(おばあさん)を迎えに行ったさつきさんが戻ってきた。
おばあさんは話を聞くと、即行動に出た。
「物干し竿持って来たるわ。待っときや」
と言うや、栗林の近所の親戚の家に行き、3mはあろうかという長大な物干し竿を一人で運んできたのである。80過ぎてなお、山人の身体能力は都会の若者を完全に凌駕している。これが彼らの日常なのだ。尊敬しかない。
魔術師登場のおかげで、そこからのクエストは速かった。体格の良いマスターが竿を振り回し、栗を崖の下に落とす。他の人達は下の川辺で待ち、川に落ちた栗を拾う。まだ9月なのに、川の水はすでにとても冷たい。山の秋は短い。
日が傾いてきたところで引き上げた。栗クエスト、第一ステージはクリアだ。大きいバケツ2杯分の栗を山分けする。私も調理したことのない量をいただいてしまった。第二ステージ、一人暮らしの調理器具でどうしたら効率良く保存処理できるか。まずは一晩、水に漬けるところからだ。
岡本