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和歌山日記:鯨の旬

シェアハウスの同居人がある日、鯨の大和煮を買ってきた。

日本国籍だがほぼ海外育ちの彼女はこれまで鯨を食べたことがなかったのだが、せっかく鯨で有名な太地を有する和歌山にいるのだから、トライしてみようと思ったそうだ。

その数日後、一緒に居酒屋に行った。季節のおすすめメニューを眺めていると、鯨肉の生姜焼きがあった。

そのまた数日後、産直所に買い物に行くと、三重県産の鯨肉の刺身がずらっと並んでいた。

ここでようやく気付いた。鯨肉にも旬があるのではないか。なぜ、今まで考えたことがなかったのだろう。海のものなのだから、旬があるのは当然といえば当然である。哺乳類として、牛や鶏と同じように考えていたのだろうか。刺身より、缶詰のほうが見かけるからだろうか。いずれにせよ、私は鯨の旬というものを、この時初めて意識したのである。俳句では鯨は冬の季語。旧暦の10~12月なので、新暦では12~2月のことだ。旬も冬ということなのだろうか?例えば、歳末の煤払いに鯨汁は欠かせない食べ物だったようだ(注1)。

今回刺身になっていた鯨はミンククジラ。太地の沿岸では、昔からこのミンククジラを狙って小型捕鯨が行われてきたらしい。しかし、近年の太地とミンククジラの関係は少々複雑なようだ。遠藤(2011)は以下のように述べる。

 

…釧路沖と三陸沖で実施される沿岸域捕獲調査活動で捕獲された 120 頭のミンククジラのうち,15 頭が地域住民枠として,捕鯨に関わりの強い沿岸域捕獲調査活動で捕獲された 120 頭のミンククジラのうち,15 頭が地域住民枠として,捕鯨に関わりの強い沿岸捕鯨地域に優先的に有償配分される…。太地町へは,15 頭のうち 5 頭分,約2.6 トンのミンククジラ肉が,太地町の世帯数 1465 世帯のうち半分の約 700 世帯に年2 回配布されている。(注2)

 

調査捕鯨対象になっているミンククジラは現在、商業捕鯨ができない。しかし鯨との歴史が長く、鯨食文化のある太地や周辺地域には、調査捕鯨されたものから優先的に配分される仕組みがあるというのだ。また「混獲」という仕組みもあり、定置網にかかるなどして海岸に到達(ストランディング)した結果死亡したミンククジラなど一部のヒゲクジラは、省令に従って所定の手続きを踏んだあとに販売が可能となる(注3)。調査捕鯨と混獲、この2つの方法によって、生の鯨肉は流通しているらしい。

では、ミンククジラの旬とはいつなのだろうか。ヒゲクジラ達は広範囲で回遊する動物であるらしい。一般的に、冬の間は暖かな低緯度の海域で繁殖し、夏に向けて、餌の豊富な高緯度の海域に異動するという季節回遊を行うそうだ(注4)。

つまり、和歌山や三重といった、南の暖かい地域に下がってくるのは冬ということになる。季語のとおりだ。調査捕鯨は夏や秋(注5)で、定置網には年がら年中かかっている。それらが冷凍や生で出回っている。そのため、旬がいつかとなると調べなければならなかった。しかし、繁殖のために脂肪と気力を蓄えた冬が旬であり、それが味にも反映されているであろうこと、想像には難くないことである。

そのまた数日後、白浜の産直所「とれとれ市場」に行った友人が、鯨のアゴを覆う肉「鹿の子」を買ってきた。

冬はまだ終わっていない。

岡本

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注1) 興津要『江戸食べもの誌』(河出文庫、2002)

注2) 遠藤愛子「捕鯨・ナマコと国際社会 : 変容する鯨類資源の利用実態 : 和歌山県太地町の小規模沿岸捕鯨業を事例として」国立民族学博物館調査報告 No.97 pp.237-267(2011年3月)pp.253-254

注3) (財)日本鯨類研究所「定置網に混獲されたひげ鯨等の取り扱いの手引き」(2000年)

混獲されたすべてのクジラは報告義務があり、国立科学博物館がデータベース化している。各県の混獲状況は水産庁が統計を取っている(現時点では平成27年度までのものが公開されている)ほか、下関鯨類研究室のウェブサイトにも詳しい。

注4) ルイス.A.パステネ「最近観察されたヒゲクジラの異常な回遊」鯨研通信第451号 pp.1-6(2011年9月)p1

注5) 「調査捕鯨 ミンククジラ35頭を捕獲 釧路沖」(毎日新聞地方版 2017年11月7日)など参照。

 

 

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