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いつかの日記:神の踊り

今や、代々木公園で開催される海外系のフェスでも最大のもののひとつだろう。

インドフェスティバル「ナマステ・インディア」。

高校時代をインドで過ごした私としては逃せないフェスである。ここ数年はご無沙汰していたが、去年は運良く、開催日に東京にいた。

東京中のインド料理屋、インド系服屋や雑貨屋、小物屋が出店している。インド関係の研究者のセミナーや、画家による実演もある。これだけでも相当楽しい。

しかし、個人的にはこのフェスの真骨頂はステージである。広いインドのあらゆる踊りと音楽が次々と繰り広げられる。

インドはそれぞれの地方に伝統舞踊がある。西のグジャラート州には「カタック」という踊りがあり、これは足のステップと旋回が特徴的だ。南のケララ州には「モヒニアッタム」という、ゆったりとした動きの舞踊がある。白に金の衣装が美しい。いずれも、地域性を反映した動きと衣装が用いられている。

なかでも私が好きなのは、東のオリッサ州の「オディッシー」だ。神に捧げる踊りとして始まったオディッシーは、ポーズを取って静止するという振付が踊りの途中途中に入るのが特徴である。これは彫刻された神像を模しているそうだ。歌舞伎の見栄と似ているが、神を模すとあって、本当に素晴らしいダンサーのポーズは神々しい。

日本にもオディッシーを踊る人達は一定数いて、インド関係のイベントによく出演されている。とはいえ正直なところ、日本でそのような神々しさを感じるオディッシーを見ることはなかなか難しい。しかし、過去に一度だけそのようなことがあった。この「ナマステ・インディア」で見たのだ。

インドでオディッシーを勉強したあと、日本でも教室を持ちつつ世界中で公演しているというその方の独演は、最初の一動きから違った。ただ動いているのではなく、ひとつひとつの動きへの深い理解と納得が体に染み込んでいるようだった。そして何よりも、devotion – 敬愛と献身とでも訳したら良いだろうか – が感じられた。その方がポーズを取った瞬間には、神が生ける彫刻として出現したような錯覚すら覚えたのである。それほどに神々しいステージであった。「神が降臨している…!」と唖然としていた友人と、舞踊終了後もしばらく呆然としていたことを思い出す。奇跡のような15分間だった。

あのような舞踊にまた出会えないかと淡い期待を持ちつつ、私は昨秋のあの日、「ナマステ・インディア」で、ステージを始めから終わりまで眺めていたのである。

岡本

読みもの

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